岩崎で誕生した三朝小唄
~野口雨情~
泣いて別れりゃ サイショ空までエー
ヨイトヨイトサノサ 曇る
曇りゃ三朝がよ ヤレ
三朝がよ 雨となるヨー
大瀬(おおぜ)ぼうきじゃ サイショ三朝がエー
ヨイトヨイトサノサ 見えぬ
三朝山陰(やまかげ)よ ヤレ
山陰よ 山の中ヨー
昭和二年八月二十日、三朝温泉を訪れた野口雨情、岩崎旅館(依山楼岩崎)に着くやいなや、旅装もとかず一杯のビールを傾けながら三朝小唄を即興的に作り上げたと伝わる。
雨情が作詞した三朝小唄は作曲家中山晋平が作曲し、振付け師島田豊が踊りの振り付けを担当し完成。
昭和四年には三朝温泉を舞台に繰り広げられる無声映画「三朝小唄」がマキノプロダクションの制作により全国封切された。当時、当館の庭園や離れなどが舞台となりました。
野口 雨情(1882~1945)
大正~昭和にかけて民謡、童謡の普及に尽力。代表作は「七つの子」「赤い靴」「青い目の人形」「雨降りお月」「兎のダンス」」「しゃぼん玉」など多数。