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二十一世紀の湯治旅 -三泊四日で行く三朝温泉 –
一日目・湯の癒し「依山楼の養生ミスト」

二つの功績

  • 依山楼岩崎は大正九(一九二〇)年創業の老舗旅館で、現社長は岩崎元孝さんとおっしゃる。三朝温泉旅館協同組合の組合長であり、三朝発の地域ブランドとして全国展開されている温泉水一〇〇パーセント化粧水「三朝みすと」の発案者でもある。
     平成二〇年夏、東京・新橋にオープンした県のアンテナショップ「食のみやこ鳥取プラザ」でも目玉商品の一つになったという。
    しかし発案者の弁は奥ゆかしい。
    「あるメーカーさんから組合に『こういう技術があるが、使えませんか?』とご提案がありましてね。ナノテクノロジーはここまで進んだのかとびっくりしました。その技術を使えば温泉水の表面張力を低下させ、界面活性効果(親水性)が得られる。スプレー噴霧するための窒素ガスは必要ですが、防腐剤や保存料、界面活性剤も一切使わない化粧水ができると直感しました」
    もう一つ、依山楼岩崎にだけある三朝における「オンリーワン」の設備がラジウムの源泉を霧状に噴霧する「ミストサウナ」で、これも岩崎さんの発案によるそうだ。
    「大学時代にドライサウナで苦い経験をしましてね。あれは高温・低湿で、からだへの負担が大きいのです。湯治湯という機能からしても、なるだけお客さまのからだへの負担が少ない低温・高湿のミストサウナがベストだと考えていたとき、三朝医療センターの先生たちから、『三朝のラジウム泉を吸い込むのと、温熱効果による血行促進とがあいまって、肺の毛細血管から全身の血液に低レベル放射線を発生させるラドンガスが行き渡り、細胞そのものに働きかけて抗酸化機能を高めるという相乗効果が認められた』との研究報告がもたらされました。
    そこから、放射能泉のホルミシス効果をよりアグレッシブに得る『吸浴』という考え方が生まれてきたのです」(『コラム』参照)

  • ↑蟹の甲羅のような蒸気釜、右上の2本のノズルからラジウム源泉が噴霧される。↑蟹の甲羅のような蒸気釜、右上の2本のノズルからラジウム源泉が噴霧される。

    たしかに素人考えでも、温泉に浸かって自然に立ち昇る湯気を吸い込むより、放射能泉がミスト状に立ちこめる中に強制的に入るほうが吸引効果は高いはずだ。
    さらに、体験してみて思ったのは、ミストサウナはある種の「覚悟」が必要だということ。低温とはいっても、一瞬にして四〇度前後の蒸気が全身を包むのだ。熱いというより咽せる。吸って吐いて、吸う。呼吸のリズムをつかむにはコツがいる。
    吸浴中、軽い気持ちで扉を開け、押し寄せる熱気に怯み、咽せ返って立ち去られた方が何人もおられた。しかし目的意識を持った方は違う。病を抱える人なら「必ず治るぞ」、体力が落ちた人なら「健康を取り戻すぞ」、ちなみにがん患者だった僕なら「再発無用!」と、それぞれに必勝の願いをこめてサウナ室のドアを引き開けるのである。

  • さて、依山楼岩崎のシステム、、、というと大げさだが、館内には、一二のお風呂があり、「右の湯」と「左の湯」とに分かれ、共に独立した「ミストサウナ」室が設けてある。二つのサウナ室以外の一〇のお風呂は、右の湯に四つ、左の湯には六つのバリエーションが配置されている。この右と左が日替わりで「男湯」「女湯」に切り替わる仕組み。つまり一泊すれば、二つのサウナを含めた十二のお風呂すべてを愉しめるという構成だ。
    どうしてこんなややこしいことを、と思われるだろうが、源泉に含まれる低レベル放射線・ラジウムが自然分解して生じるラドンの抗酸化作用を効率よく得るには、入浴と休息をくりかえし、長時間  といっても一時間程度だが、ラジウム泉の影響下に身を置く必要があるからだ。
    つまり、右、左に配置された意匠を凝らした湯船の数々は、楽しく長湯をしていただけるようにと編み出された依山楼岩崎の「おもてなし」の一つと考えればいい。
    そこで僕からも岩崎さんに提案がある。
    サウナを除く一〇の「お風呂」、その人気投票をお客さまにお願いしてはどうだろう?僕としては「右の湯」の大浴場をベストワンに推す。「楽山の湯」の立て札が置かれた岩の左側、そこに源泉の供給口があるのか、足湯効果にプラスふくらはぎのマッサージ感覚が加わってリラックス度は最高潮に達する。宝さがしではないが、こんなスポット探しが定番化していけば、もっと楽しく長湯ができるだろう。
    ところで「右の湯」「左の湯」それぞれの脱衣場には「赤ちゃん用」と明示された小さなベッドがさりげなく置かれている。

  • 岩崎さんは言う。
    「お気づきになりましたか。喘息、アトピーなど低年齢層の子どもさんが抱えるアレルギー性疾患も一種の生活習慣病といってもいいのでは。持病の根本治療を求めて来られる高齢者や成人のお客さまも大切ですが、むしろ依山楼の温泉やミストサウナは、乳幼児も含めた子どもたちの湯治場としても有効性があるのではないかと思っています。親と子と孫の三世代が一緒に使える湯治場は、めったにないと思いますよ」

    ↑右の湯の大浴場「楽山の湯」。僕のベストワン。右側にかすかに立て札が見えている。↑右の湯の大浴場「楽山の湯」。僕のベストワン。右側にかすかに立て札が見えている。

ミストサウナの入り方

  • 午前一一時。三朝温泉郷唯一のミストサウナ室が清掃を終えてオープンする。「三朝を試せ」と勧めた大先輩S氏は、五年前にここの「ミスト」にハマられ、同時に正しい「吸浴法」についても一家言を持つに至られた。まず教えの一は、浴場入口の飲泉でスタートすること  適度な水分をあらかじめ摂取しておくのが重要なのだそうだ。

    ↑ラジウム源泉の噴出口↑ラジウム源泉の噴出口

  • 教えの二は「吸浴」にかける所要時間だ。初回のみサウナ室に七分籠り、サウナ室を出てクールダウンのための五分の休憩を入れる。以降、サウナ五分、休憩五分を一クールとして、これを四、五回繰り返す。ただし、絶対に無理とやせ我慢は禁物だとS氏は釘を刺す。そしてこの吸浴法の「肝」についてはこう述べておられる。
     サウナに籠るのも重要だが、五分のインターバルこそが大事。汗とともに老廃物が体外に流れ出て、開ききった毛穴から余熱が発散され、完全に閉じ切るまでの時間が、個人差はあるが約五分なのだ。
    毛穴が閉じた状態でサウナに引き返し、また思いっきり開ききる。この反復が「肝」だとおっしゃる。三泊四日という日程も、どこで勉強されたのか論拠があって、体内に入った三朝のラドンの半減期は「三.八五日」。最短かつ最大の効果を得るには三泊四日がベストなのだそうだ。
    吸浴をおえて、最後は髪とからだをざっと洗ってシャワーを浴び、温泉にさっとつかって部屋に戻る。もうヘトヘトだから、すぐに睡魔が襲ってくる。ここでもS氏の忠告が活きてくる。
    「部屋に敷いた布団は片づけないようにと係の女性にお願いしておきなさい。それと氷水の用意も怠りなきよう」
    教えの意味がよぉくわかった。用意された氷水飲み干してからの一二〇分、僕は爆睡し、その目覚めは近年経験したことのないほどの爽やかさであった。

依山楼周辺の怪

  •  からだが軽くなり、長旅の疲れは嘘のように消えたが、腹は正直にグーと鳴る。門馬さんと遅めの昼食をとりに出て、あとは依山楼の周辺を歩き回ることにした。
     温泉街を貫くように流れる三徳川。そこに架かる三朝橋の中間に僕らは立っていた。左右を見ると、橋の西詰からは柔らかな色彩が目に飛びこんできた。鳥取名物・二〇世紀梨の枝のチップで染めあげられたストールや、昔ながらの草木染めの糸で織ったマフラー、因州和紙の手帖などが店先に並ぶ「扇屋」さんの小さなお店が、ドシンとした存在感をアピールしてくる。
     反対側の東詰では三朝温泉のシンボル的存在、「河原風呂」の湯煙が上がっている。目隠し用(?)の葦簀張りの囲いは用を成さず、「入浴無料、男女混浴、水着着用禁止」の三原則ゆえ、時折繰り広げられる男性のヌーディストの集まりかと見紛う光景が観光客の顰蹙をかうことも少なくない。そこがシンボルのつらい立場である。
     依山楼の裏手には不思議なお寺が建つ。その名も「南苑寺」。地元では「あじさい寺」と呼ばれている。
     開基は、臨済宗相国寺派管長で、画家・書家としても名高い橋本独山。昭和二(一九二七)年の創建である。
     山門は白漆喰いの意匠を凝らした大陸風の「竜宮門」。ところが門をくぐった先にあらわれるのは、見るからに頼りない金属製の手すりと、朝露夜露、はたまた一雨くれば足下も覚束なくなるような苔むした、急角度の階段がずっと上まで延びている。「あじさい」ならぬ「あぶない」寺かもしれない。

  • 門前で出迎えるのは左右一対の「鬼瓦」ならぬ「福瓦」だ。
    南苑寺における祈願奉納の方法も、一風変わっている。本堂の脇にストックされた瓦を一枚三〇〇円のお布施で購入し、そこに白墨で願い事を自筆して奉納するという仕組み。神仏への誓いを書き付けた証文「誓紙」を奉納するのが一般的なならわしだが、本堂の濡れ縁に所狭しと並べられた何十もの瓦。最初、その理由がよくわからなかった。その中の一枚に書き付けられた一行を読むまでは……。
    「あっちゃん、早く元気になってください」
    僕は「あっちゃん」なる人を知らない。家族なのか、友人なのか、書かれた方のペットの名前かも知れない。それでも人間の信仰心というものはけったいなもので、何の力になるかどうかもわからないのに、そうした願いを叶えてあげたいと闇雲に思ってしまうのだ。
    だからといって、見も知らぬ僕が合掌し、小声で「あっちゃん、どうか元気になってください」と祈ったとして御利益があるかどうかはわからない。
     けれど、奉納された瓦にしるされたメッセージが他人の目に触れて、僕のような見知らぬ「誰か」が何人、何十人と現れる可能性は皆無ではない。一定期間ストックされた瓦と人との運命の糸が輪を広げ、縒り合わさって紐になり、縄になり、満願成就が実現すればこれほど素晴らしいことはない。不特定多数が個人の祈りに参加する仕組みがあってもいい、と思った。

蟹の宴

  • 山陰沖のズワイガニ漁は、一一月六日が解禁日と決まっている。成長するまでに七~八年を要するため、資源保護の観点から、捕獲規制が始まったのだという。
     取材中の僕たちが今いる三朝はこれから初秋を迎えようか、という時期。鳥取ブランドの「松葉蟹」を使った活蟹料理の撮影は諦めざるをえない。しかし、中谷調理長は「お任せください」と胸をドンと叩いた。蛇の道は蛇。「やったね」とばかり門馬さんと僕とが目配せを交わした瞬間、中谷さんの鉄槌のような一言が、僕たちを打ちのめした。
    「お召し上がりいただくわけにはまいりませんが、撮影用としてならご用意できます」
     ああ、無情なる一言であった。

  • ↑活蟹の脚を氷水で締めると、実に米粒大の花が開く。シンプルなお料理だが、蟹の甘みと活ならではの食感が味わえる↑活蟹の脚を氷水で締めると、実に米粒大の花が開く。シンプルなお料理だが、蟹の甘みと活ならではの食感が味わえる

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